mataneteta / issue / 2020
fourget
おふとんしてたら / またねてた
2019.04 — 2020.12

おふとんしてたら おふとんしてたら

またねてた またねてた

現在

M1チップ搭載Macでの仮想PC問題や、Nintendo Switchの子供用アカウント設定など、ゲームとテクノロジーを中心に気になったことをだらだらと。

以前

Amazonタイムセール祭りの攻略法、DQX機種変更のデータ引継ぎ、フジロック'19のセトリまとめ、serial experiments lain二次創作ガイドラインなど、幅広くカバー。

最新の投稿

木製デスクの上に置かれた紙に手書きのメモ、その横に開かれたノートパソコン。落ち着いたニュートラルな色調で、集中した作業の雰囲気を描いたマットなガッシュポスター画。
  • 01 M1チップ搭載Macで仮想PCが動かない件 2020
  • 02 ニンテンドーアカウント作成・連携・変更方法 2019
  • 03 セルフスターターとジャイアニズムは紙一重 2019
  • 04 LINEで友達を削除・削除させる方法 2019
  • 05 アプリ「NintendoみまもりSwitch」設定解説 2019
  • 06 Amazonタイムセール祭り2019の攻略 2019
  • 07 DQX機種変更時のデータ引継ぎ方法 2019
  • 08 serial experiments lain二次創作ガイドライン 2019

おふとんしてたらまたねてた、というタイトルには、だらだらと続けることへのゆるやかな肯定が込められている。技術の話もゲームの話も、結局は布団のなかで思いついたような気ままさで綴られている。肩肘を張らずに読み流せる文章は、深夜のスクロールにちょうどいい。更新頻度よりも、ふと思い出したときに覗ける場所としてのブログのあり方が、ここには静かに息づいている。

M1チップ搭載Macの登場は、多くの開発環境に静かな波紋を広げた。VirtualBoxをはじめとする仮想化ソフトウェアが動作しない問題は、ARMアーキテクチャへの移行期に避けられない摩擦だった。x86系に依存していたツール群は互換性の壁に直面し、ユーザーは代替手段を模索する必要に迫られた。こうした過渡期の混乱は、新しいプラットフォームが成熟するまでの通過儀礼とも言える。

Nintendo Switchの子供用アカウント管理は、保護者にとって避けて通れない設定のひとつである。みまもりSwitchを使えば、プレイ時間やゲーム内容に制限をかけられるが、初期設定の手順は意外と煩雑だ。子ども用アカウントから一般アカウントへの変更や、Switch本体への反映がうまくいかないケースも散見される。こうした細かなつまずきを拾い上げる記事は、地味ながら確かな需要がある。

LINEの友達リスト整理は、人間関係のデジタルな断捨離とも言える。ブロックや削除の操作は数タップで完了するが、その行為が相手にどう伝わるかを考えると、指が止まることもある。ブロックリストに移した相手は、自分からは見えなくなるが、相手側の表示は変わらないという非対称性が、この仕組みの妙味だ。SNS上の距離感は、オフライン以上に繊細な調整を求められる。

Amazonタイムセール祭りは、年に数度の消費の祭典として定着した。目玉商品を狙うには事前のリサーチが欠かせず、過去の傾向から値下がりしやすいカテゴリを把握しておくことが攻略の鍵となる。Kindle端末やAmazonデバイス系は特に値引き幅が大きく、セール開始直後に在庫が枯れることも珍しくない。冷静に欲しいものリストを整えておくのが、賢い付き合い方だろう。

ドラゴンクエストウォークは、位置情報ゲームの新たな定番として多くのプレイヤーを歩かせた。一歩も動かずに最強を目指すという逆説的な遊び方は、位置情報を偽装するわけではなく、効率的な周回ルートや自宅周辺のスポット活用を突き詰める思考ゲームでもある。フィールドと画面を行き来する体験は、現実とゲームの境界を曖昧にし続けている。

セルフスターターという言葉には、自発的に動ける人材というポジティブな響きがある。しかし、状況を把握し周囲より先に行動することは、ときに独善やジャイアニズムと紙一重になりうる。経験に裏打ちされた判断力がなければ、ただの暴走で終わってしまう危うさを孕んでいる。自律と協調のバランスをどう取るかは、個人にも組織にも普遍的な課題だ。

serial experiments lainは、ネットワークと意識の境界を描いた作品として、今なお色褪せない魅力を放っている。二次創作ガイドラインの存在は、公式がファンの表現を一定の範囲で認めている証左であり、創作コミュニティにとっての安心材料となっている。発表から四半世紀近くが経過してもなお、新たな解釈や作品が生まれ続けること自体が、この作品の強度を物語っている。